現代のアプリケーション開発において、クラウドネイティブという言葉はもはやバズワードではなく、標準的なアーキテクチャ要件となりました。モノリシックな巨大システムを解体し、柔軟で拡張性の高いマイクロサービス(MSA)へと移行する過程で、我々は必然的に「コンテナ」という技術に到達します。
しかし、コンテナを単体で稼働させることと、本番環境で数千のコンテナを管理することは全く別の次元の話です。ここで、デファクトスタンダードとして君臨するのがKubernetesです。本稿では、単なるツールの使い方を超え、システム設計者が理解すべきオーケストレーションの本質について深掘りします。
ランタイムとオーケストレーターの境界線
技術選定の初期段階で最も頻繁に議論されるのが、「DockerとKubernetesの違い」です。これを比較対象として並べること自体が、実はカテゴリエラーに近い誤解を含んでいます。
- Docker: コンテナを「作成」し「実行」するためのランタイムエンジン。船に積むコンテナそのものや、それを積むクレーンに相当します。
- Kubernetes: コンテナを「管理」し「指揮」するためのオーケストレーター。多数の船の航路を管理し、荷崩れ(障害)が起きた際に自動修復を行う港湾管理システムです。
Docker Composeなどで数個のコンテナを管理することは可能ですが、マイクロサービス化が進み、サービス間の依存関係やスケーリング要件が複雑化すると、人手による運用は破綻します。Kubernetesは、Googleが長年運用してきた内部システム「Borg」の知見を継承しており、大規模分散システムにおける「あるべき状態(Desired State)」を維持することに特化しています。
核心: Kubernetesは「命令(Imperative)」ではなく「宣言(Declarative)」で動作します。「コンテナを起動しろ」と命じるのではなく、「コンテナが3つ起動している状態にせよ」と宣言することで、システムは自律的にその状態を維持します。
アーキテクチャの解剖:Control PlaneとNode
Kubernetesクラスターは、大きく分けて「頭脳」となるコントロールプレーンと、「手足」となるワーカーノードで構成されます。この分離こそが、高い耐障害性を生み出す源泉です。
Control Plane(マスターノード)
クラスター全体の意思決定を行います。主なコンポーネントは以下の通りです。
- kube-apiserver: 全ての操作の入り口。認証・認可を担当し、REST操作を処理します。
- etcd: クラスターの全データを保存する分散キーバリューストア。ここが「真実のソース」となります。
- kube-scheduler: 新規に作成されたPodを、リソースの空き状況に基づいて適切なノードに割り当てます。
- kube-controller-manager: ノードのダウン検知やレプリカ数の維持など、制御ループを回し続けます。
Worker Node
実際にアプリケーション(コンテナ)が稼働するサーバーです。
- kubelet: 各ノードのエージェント。APIサーバーからの指示を受け、コンテナランタイム(Dockerやcontainerd)を操作します。
- kube-proxy: ネットワークルールを管理し、Pod内外の通信を制御します。
最小単位「Pod」と展開戦略「Deployment」
Kubernetesを理解する上で避けて通れないのが、独自のオブジェクト概念です。ここでは最も基本的かつ重要なPodとDeploymentについて解説します。
Pod:運命を共にする最小単位
Kubernetesはコンテナを直接扱いません。代わりに、1つ以上のコンテナを内包する「Pod」というラッパーを使用します。同じPod内のコンテナは、ストレージやネットワーク(IPアドレス)を共有します。これは、密結合なプロセス(例:メインアプリとログ転送エージェント)をセットで扱うために設計されています。
Deployment:宣言的更新の実現
Podは「使い捨て」です。障害で死んだPodは蘇らず、新しいPodが作られるだけです。このライフサイクルを管理するのがDeploymentです。以下のYAML定義を見てみましょう。
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
metadata:
name: backend-api
spec:
replicas: 3
selector:
matchLabels:
app: backend
template:
metadata:
labels:
app: backend
spec:
containers:
- name: node-server
image: my-registry/backend:v2
ports:
- containerPort: 8080
この定義ファイル(Manifest)は、「backendアプリのバージョン2を、常に3つ起動しておけ」という宣言です。もし1つのPodがクラッシュすれば、Kubernetesは即座に新しいPodを起動し、総数を3に戻します。また、イメージのバージョンを書き換えるだけで、ダウンタイムなしのローリングアップデートが可能になります。
マネージドサービスの選定:EKS vs GKE
自前でKubernetesクラスターを構築(On-PremiseやEC2上での構築)することは、学習目的以外では推奨されません。運用負荷(Control Planeの管理、etcdのバックアップ、アップグレード)があまりに高いためです。実務では、クラウドプロバイダーが提供するマネージドサービスを利用するのが一般的です。
ここでは、代表的なAWS EKSとGoogle GKEを比較します。
| 機能・特性 | Google Kubernetes Engine (GKE) | Amazon EKS |
|---|---|---|
| 出自と哲学 | Kubernetes生みの親であるGoogle製。最新機能の反映が早く、デフォルトで最適化されている。 | AWSエコシステムとの統合を重視。設定の自由度が高い反面、初期設定の手間が多い。 |
| 運用負荷 | Autopilotモードを利用すれば、ノード管理すら不要。開発者はPodの定義に集中できる。 | Fargateプロファイルの設定などでサーバーレス化は可能だが、GKEほど「全自動」ではない。 |
| コントロールプレーン | 管理料が無料枠に含まれるケースが多い(ゾーンクラスタ)。自動アップグレードが強力。 | クラスターごとに月額費用が発生。バージョン更新は手動トリガーが必要な場合が多い。 |
| 適したケース | Kubernetesネイティブな体験を最優先したい場合。運用工数を極限まで減らしたい場合。 | 既にAWSでインフラが統一されており、IAM権限管理やVPC設計を厳密に行いたい場合。 |
選定のポイント: 機能面ではGKEが一歩リードしていますが、既存のインフラがAWSにある場合、レイテンシやデータ転送コスト、IAM統合の観点からEKSを選択するのが合理的です。
結論:スケーラビリティへの投資
Kubernetesの学習曲線は急峻です。しかし、一度その概念とエコシステムを習得すれば、インフラストラクチャをコードとして扱い(IaC)、数クリックで世界規模のサービスを展開する能力を手に入れることができます。
マイクロサービスアーキテクチャへの移行を検討しているなら、まずはDockerによるコンテナ化を完璧にし、次にKubernetesによるオーケストレーションの設計へと進んでください。それが、真のクラウドネイティブへの最短ルートです。
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