TerraformによるAWS・Azureマルチクラウド統合管理設計

特定のクラウドベンダーへの依存を回避し、可用性とコスト効率を最大化するために、マルチクラウド戦略を採用する企業が急増しています。しかし、AWSとAzureという異なるプラットフォームを個別のツールで管理することは、運用コストの増大と人的ミスの温床となります。

HashiCorp Terraformは、単一のワークフローで複数のプロバイダーをオーケストレーションできる強力なIaC(Infrastructure as Code)ツールです。本稿では、単なるチュートリアルではなく、実運用に耐えうる堅牢なマルチクラウド管理基盤の設計パターンと、モジュール化の戦略について深掘りします。

マルチプロバイダー構成とディレクトリ設計

マルチクラウド環境を構築する際、最も重要なのは「リソースの分離」と「コードの再利用性」のバランスです。AWSとAzureのリソースを同一のStateファイル(状態ファイル)で管理することは、依存関係の複雑化と「Blast Radius(障害影響範囲)」の拡大を招くため、推奨されません。

推奨されるのは、共通のモジュールを参照しつつ、環境(Environment)とプロバイダー(Provider)ごとにルートモジュールを分離する階層構造です。

設計のポイント: modules/ ディレクトリにはクラウドごとの実装を隠蔽した抽象度の高いコードを配置し、live/ または environments/ ディレクトリで具体的な値を注入します。

以下は、拡張性を考慮した推奨ディレクトリ構成です。

.
├── modules/
│   ├── aws_network/   # AWS VPC, Subnet定義
│   ├── azure_network/ # Azure VNet, Subnet定義
│   └── shared_app/    # コンテナ定義など(もし共通化できれば)
├── live/
│   ├── production/
│   │   ├── aws/
│   │   │   └── main.tf # AWS向けルートモジュール
│   │   └── azure/
│   │       └── main.tf # Azure向けルートモジュール
│   └── staging/
└── global/            # IAMやポリシーなどグローバル設定

この構造により、AWS側の変更がAzure側のStateロックを引き起こすことを防ぎ、独立したデプロイサイクルを維持できます。また、Terraformのalias機能を活用することで、同一コード内で複数のリージョンやアカウントを跨いだリソース作成も可能です。

Terraformモジュール化戦略と抽象化

効率的なマルチクラウド運用の鍵は、DRY(Don't Repeat Yourself)原則の徹底です。AWSのEC2とAzureのVirtual Machineは仕様が異なりますが、「コンピュートリソース」としての役割は同じです。組織固有の命名規則やタグ付けルールを強制するラッパーモジュールを作成することで、ガバナンスを強化できます。

クロスプラットフォーム変数の標準化

モジュールの入力変数(Variables)を標準化することで、開発者は背後のクラウドプロバイダーを意識せずにインフラを定義できます。以下は、共通のインターフェースを持つモジュール設計の概念例です。

# modules/compute/variables.tf
# クラウドに依存しない汎用的な変数名を定義する

variable "instance_size" {
  description = "Small, Medium, Largeなどの抽象サイズ"
  type        = string
}

variable "environment" {
  description = "prod, stage, dev"
  type        = string
}

# modules/compute/main.tf (内部で分岐ロジックを持つ場合、または呼び出し元で使い分ける)
# 注: 実際はプロバイダーごとにモジュールを分ける方が保守性が高い
注意: 無理にAWSとAzureを一つのモジュールファイルに記述しようとすると、条件分岐(countfor_each)が複雑化し、可読性が低下します。インターフェース(変数)は統一し、実装(モジュール)は分けるのが定石です。

Stateファイルのリモート管理と排他制御

チーム開発およびCI/CDパイプラインにおいて、terraform.tfstateファイルのローカル保存は厳禁です。Stateファイルには機密情報が含まれる可能性があり、同時実行による競合破壊のリスクがあるためです。

マルチクラウド環境では、Stateの保存先(Backend)も戦略的に選択する必要があります。通常は、管理対象のクラウド上のストレージサービスを利用します。

  • AWS管理用: S3バケット(保存) + DynamoDB(Lock管理)
  • Azure管理用: Azure Blob Storage(保存とリース機能によるLock管理)

以下は、Azure Backendを設定する際の実践的なコードスニペットです。

terraform {
  backend "azurerm" {
    resource_group_name  = "rg-terraform-state"
    storage_account_name = "sttfstateproduction"
    container_name       = "tfstate"
    key                  = "prod.azure.tfstate"
    # アクセスキーではなくManaged IdentityやService Principalの使用を推奨
    use_azuread_auth     = true
  }
}

技術選定: Terraform vs Pulumi

IaCツールの選定において、Terraformと比較されることが多いのがPulumiです。どちらもマルチクラウドに対応していますが、アプローチが異なります。組織のエンジニアリングスキルセットに合わせて選択する必要があります。

比較項目 HashiCorp Terraform Pulumi
記述言語 HCL (ドメイン固有言語)
宣言的で読みやすいが学習が必要
TypeScript, Python, Go等
汎用プログラミング言語を使用
State管理 厳格なStateファイル管理が必須
手動操作時のズレに敏感
Pulumi Service (SaaS) が標準
セルフホストも可能
ロジックの柔軟性 条件分岐やループに制約あり
純粋なインフラ定義向き
言語の機能をフル活用可能
複雑なロジックやAPI連携が容易
エコシステム 圧倒的なプロバイダー数とコミュニティ
業界デファクトスタンダード
急速に成長中だが
ドキュメント量はTerraformに劣る

IaCによるクラウド災害復旧(DR)構築

マルチクラウドの最大の利点の一つは、災害復旧(DR)能力の向上です。Terraformを活用すれば、プライマリリージョン(AWS)がダウンした際に、定義済みのコードを使用してセカンダリクラウド(Azure)に即座にインフラを立ち上げる「Pilot Light」または「Warm Standby」構成を自動化できます。

この際、データベースのレプリケーションやDNSの切り替えロジックも含めてコード化しておくことが重要です。Terraformだけで完結させず、Ansibleなどの構成管理ツールや、Kubernetesなどのコンテナオーケストレーションと組み合わせることで、アプリケーション層の復旧までシームレスに実行可能となります。

堅牢なインフラ運用のために

Terraformを用いたAWSとAzureの統合管理は、運用の複雑性を抽象化し、ビジネスの俊敏性を高めるための強力なアプローチです。しかし、単一のコードベースですべてを解決しようとせず、適切なディレクトリ分割、モジュール化、そして厳格なState管理を行うことが成功の鍵となります。

まずは、影響範囲の小さい非本番環境からマルチクラウド構成を適用し、チーム内でのモジュール共有プロセスを確立することから始めてください。

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