現代のソフトウェア開発とインフラ運用の世界は、ほんの十数年で劇的な変貌を遂げました。かつて開発者を悩ませた「私のマシンでは動くのに」という悪夢のような台詞は、今や過去の遺物となりつつあります。この革命の中心にいるのが、Dockerというコンテナ技術と、Kubernetesというコンテナオーケストレーションシステムです。これらは単なる流行りのツールではありません。アプリケーションを構築し、配布し、実行する方法そのものを根底から覆した、パラダイムシフトの象徴です。DevOps文化の浸透とマイクロサービスアーキテクチャの台頭は、この二つの技術なくしては語れません。
しかし、多くの開発者、特にこの世界に足を踏み入れたばかりの人々にとって、DockerとKubernetesの関係はしばしば混乱の元となります。「Dockerを学べばKubernetesは不要なのか?」「KubernetesはDockerの代替品なのか?」「なぜ両方が必要なのか?」といった疑問は後を絶ちません。この記事では、これらの疑問に明確な答えを提示します。単にそれぞれのツールの機能を羅列するのではなく、なぜこれらが生まれ、どのような課題を解決し、そして互いにどのように補完し合う「共生関係」にあるのか、その本質的な関係性を開発者の視点から深く、そして詳細に解き明かしていきます。事実(Fact)の羅列を超え、その背景にある真実(Truth)に迫ることで、クラウドネイティブ時代を生き抜くための確固たる知識の土台を築き上げましょう。
第一章 Dockerの衝撃 コンテナが変えた開発風景
Kubernetesを理解するためには、まずその管理対象であるコンテナ、そしてコンテナ技術を誰もが使えるようにしたDockerの革命的な価値を理解しなければなりません。Dockerが登場する以前の世界を思い出してみましょう。
開発環境と本番環境の深い溝
かつてのアプリケーション開発は、環境差異との終わらない戦いでした。開発者のローカルPC(macOSやWindows)、ステージングサーバー(特定のバージョンのUbuntu)、そして本番サーバー(CentOSの別バージョン)では、それぞれOS、ライブラリのバージョン、環境変数、ネットワーク構成が微妙に、あるいは全く異なりました。この「環境の揺らぎ」が、以下のような深刻な問題を引き起こしていました。
- 依存性地獄(Dependency Hell): アプリケーションAはライブラリXのバージョン1.0を要求し、アプリケーションBは同じライブラリXのバージョン2.0を要求する、といった競合が頻発しました。これを解決するために、複雑な仮想環境管理ツール(virtualenv, rbenvなど)が必要でしたが、OSレベルの依存性までは解決できませんでした。
- 再現性の欠如: 「私のマシンでは動くのに、サーバーにデプロイすると動かない」という問題は日常茶飯事でした。原因の特定には膨大な時間がかかり、開発者の生産性を著しく低下させました。
- セットアップの煩雑さ: 新しい開発者がプロジェクトに参加するたびに、OSのクリーンインストールから始まり、数十ページに及ぶ手順書に従って手動で開発環境を構築する必要がありました。このプロセスはエラーが発生しやすく、数日を要することも珍しくありませんでした。
この問題を解決するために登場したのが仮想マシン(VM)でした。VMは、ホストOSの上にハイパーバイザーを介して完全なゲストOSを起動し、その上でアプリケーションを実行する技術です。これにより、OSレベルでの環境の分離が実現し、ポータビリティが大幅に向上しました。しかし、VMには大きな欠点がありました。
- 重量級であること: 各VMは完全なOSカーネルを含むため、数GB単位のディスク容量を消費し、起動にも数分かかります。リソースのオーバーヘッドが大きく、一つの物理サーバー上で多数のVMを稼働させるのは非効率でした。
- ビルドと配布の遅さ: アプリケーションの変更ごとに巨大なVMイメージを再構築し、配布するのは現実的ではありませんでした。
Dockerの登場 軽量な仮想化という発明
2013年に登場したDockerは、この状況を一変させました。Dockerは、VMのようにOS全体を仮想化するのではなく、ホストOSのカーネルを共有し、プロセスやファイルシステム、ネットワークなどを分離する「OSレベルの仮想化」技術、すなわちコンテナを利用します。このアプローチにより、劇的な軽量化と高速化が実現しました。
VMとコンテナの違いをテキスト図で見てみましょう。
+---------------------------------+ +---------------------------------+
| アプリケーション A | | アプリケーション B |
+---------------------------------+ +---------------------------------+
| ライブラリ/バイナリ | | ライブラリ/バイナリ |
+---------------------------------+ +---------------------------------+
| ゲストOS A | | ゲストOS B |
+---------------------------------+ +---------------------------------+
| ハイパーバイザー |
+------------------------------------------------------+
| ホストOS |
+------------------------------------------------------+
| インフラストラクチャ |
+------------------------------------------------------+
図1: 仮想マシン (VM) のアーキテクチャ
+--------------+ +--------------+ +--------------+
| アプリ A | | アプリ B | | アプリ C |
+--------------+ +--------------+ +--------------+
| ライブラリ | | ライブラリ | | ライブラリ |
+--------------+ +--------------+ +--------------+
| コンテナエンジン (Docker) |
+------------------------------------------------------+
| ホストOS |
+------------------------------------------------------+
| インフラストラクチャ |
+------------------------------------------------------+
図2: コンテナのアーキテクチャ
このアーキテクチャの違いが、Dockerの圧倒的な利点をもたらします。
- 高速な起動: OSを起動する必要がないため、コンテナは数秒、場合によってはミリ秒単位で起動します。
- 軽量さ: コンテナイメージはアプリケーションとその依存ライブラリのみを含むため、数十MBから数百MB程度と非常に軽量です。
- 高密度な集約: リソースのオーバーヘッドが少ないため、一つのホストでより多くのコンテナを稼働させることができ、サーバーリソースを効率的に利用できます。
技術的には、DockerはLinuxカーネルの機能であるNamespace(プロセス、ネットワーク、マウントポイントなどを分離する)とCgroups (Control Groups)(CPUやメモリなどのリソース使用量を制限する)を巧みに利用して、この分離された環境を実現しています。
Dockerfile, Image, Container:Dockerの三種の神器
Dockerの真の革命は、単にコンテナ技術を使いやすくしただけではありません。「Infrastructure as Code」の思想をアプリケーションのパッケージングに持ち込み、開発プロセス全体を標準化した点にあります。
- Dockerfile: アプリケーションの環境をコードとして記述する設計図です。ベースとなるOSイメージ、必要なライブラリのインストール、ソースコードのコピー、実行コマンドなどをテキストファイルに記述します。これにより、環境構築プロセスが完全に自動化され、バージョン管理も可能になります。
# ベースとなるイメージを指定 FROM python:3.9-slim # 作業ディレクトリを設定 WORKDIR /app # 依存関係をコピーしてインストール COPY requirements.txt . RUN pip install --no-cache-dir -r requirements.txt # アプリケーションコードをコピー COPY . . # アプリケーションがリッスンするポートを指定 EXPOSE 8000 # コンテナ起動時に実行するコマンド CMD ["gunicorn", "--bind", "0.0.0.0:8000", "main:app"] - Image: Dockerfileをビルドすると作成されるのがコンテナイメージです。これは、アプリケーションとその実行に必要なすべてのもの(コード、ランタイム、ライブラリ、環境変数、設定ファイル)を含んだ、読み取り専用のテンプレートです。このイメージは不変(Immutable)であり、一度ビルドされればどこでも同じように動作することが保証されます。
- Container: コンテナイメージから作成される、実行中のインスタンスです。イメージはクラス、コンテナはオブジェクトに例えられます。一つのイメージから、いくつもの独立したコンテナを起動できます。各コンテナは自身のファイルシステム、プロセス空間、ネットワークインターフェースを持ち、他のコンテナやホストから隔離されています。
この「Dockerfile → Image → Container」というワークフローが、「Build, Ship, and Run Any App, Anywhere」というDocker社のスローガンを現実のものにしました。開発者はDockerfileを作成し、それをビルドしてイメージを作成します。このイメージをDocker Hubや自社のレジストリにプッシュ(Ship)すれば、他の開発者や本番サーバーはそれをプルして実行(Run)するだけで、完全に同じ環境を再現できるのです。これにより、開発、テスト、本番の各環境間の差異は完全に払拭され、DevOpsのCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デプロイメント)パイプラインと驚くほど高い親和性を発揮しました。
Dockerは、アプリケーションのポータビリティという長年の課題を解決し、開発者にインフラを意識させない抽象化レイヤーを提供しました。しかし、この成功は新たな、そしてより大きな課題を生み出すことになります。それは、無数に増殖したコンテナを、本番環境でいかにして管理・運用していくかという問題です。
第二章 コンテナ増殖の悪夢 オーケストレーションの夜明け
Dockerによって、単一のコンテナを管理するのは驚くほど簡単になりました。docker run、docker stop、docker buildといったコマンドは直感的で、開発者は自身のローカルマシンで複雑なアプリケーションスタックを容易に再現できます。しかし、物語はここで終わりません。本番環境でアプリケーションを運用するということは、単一のコンテナを動かすこととは全く次元の異なる複雑さを伴います。
アプリケーションが成功し、トラフィックが増加するにつれて、一つのコンテナでは到底捌ききれなくなります。マイクロサービスアーキテクチャを採用すれば、アプリケーションは数十、数百の独立したサービス(コンテナ)に分割されます。こうしてコンテナの数が増え、複数のサーバー(ホスト)にまたがってデプロイされるようになると、手動での管理は瞬く間に破綻します。これが、「コンテナオーケストレーション」が必要とされるようになった背景です。
手動コンテナ管理が直面する地獄絵図
想像してみてください。あなたは10台のサーバーからなるクラスターを持っており、そこに5種類のマイクロサービスを、それぞれ3つのレプリカ(冗長化のためのコピー)で動かしたいと考えています。この時点で、合計15個のコンテナを管理する必要があります。手動(あるいは単純なシェルスクリプト)でこれを実現しようとすると、以下のような悪夢に直面します。
- スケジューリング(配置)の問題:
- どのコンテナを、どのサーバーに配置しますか?
- 各サーバーのCPUやメモリの空き状況を考慮する必要があります。特定のサーバーに負荷が集中しないように、コンテナを賢く分散させなければなりません。
- あるサービスは大量のメモリを必要とし、別のサービスはGPUを必要とするかもしれません。こうした制約を考慮した配置は、手動では極めて困難です。
- 可用性と自己修復(Self-Healing):
- もしあるサーバーが突然ダウンしたらどうしますか? そのサーバー上で動いていたコンテナはすべて失われます。手動で別のサーバーにコンテナを再作成し、IPアドレスなどを再設定する必要があります。
- コンテナ内のアプリケーションがバグでクラッシュしたら? 誰がそれを検知し、自動的に再起動しますか? 24時間365日、人間が監視し続けるのは不可能です。
- スケーリング(拡張・縮小):
- Webサイトへのアクセスが急増した際、Webサーバーのコンテナを3つから10個に増やすにはどうすればよいでしょうか? 10台のサーバーの中からリソースが空いているマシンを探し出し、一つ一つ
docker runコマンドを実行し、ロードバランサーに新しいコンテナを追加する作業が必要です。 - 逆に、深夜になってアクセスが減少したら、余分なコンテナを停止してリソースを解放しなければコストの無駄になります。このスケールイン/アウトをトラフィックに応じて自動化する仕組みが必要です。
- Webサイトへのアクセスが急増した際、Webサーバーのコンテナを3つから10個に増やすにはどうすればよいでしょうか? 10台のサーバーの中からリソースが空いているマシンを探し出し、一つ一つ
- サービスディスカバリとネットワーキング:
- APIゲートウェイサービスは、ユーザー管理サービスや商品カタログサービスと通信する必要があります。しかし、コンテナは再起動するたびにIPアドレスが変わる可能性があります。あるサービスが他のサービスを見つける(ディスカバリする)にはどうすればよいでしょうか?
- 外部からのトラフィックを、複数のWebサーバーコンテナにどのように分散させますか?(負荷分散)
- サービス間の通信を安全に保つためのネットワークポリシーをどう設定しますか?
- デプロイメントとロールバック:
- アプリケーションの新しいバージョンをデプロイする際、どうすればサービスを停止させずに(ゼロダウンタイムで)更新できますか?
- 新しいバージョンにバグがあった場合、どうすれば迅速かつ安全に以前のバージョンに戻せますか?(ロールバック)
- カナリアリリースやブルー/グリーンデプロイメントといった高度なデプロイ戦略をどう実現しますか?
- ストレージの管理:
- データベースのようにデータを永続化する必要があるコンテナ(ステートフルなコンテナ)はどう扱いますか? コンテナが削除されてもデータが消えないように、外部の永続ストレージをコンテナに接続(マウント)する必要があります。
- コンテナが別のサーバーに移動した場合でも、同じストレージにアクセスできる必要があります。
これらの課題は、コンテナが2つや3つであれば何とかなるかもしれません。しかし、数が10を超え、100、1000と増えるにつれて、複雑さは指数関数的に増大し、人間による管理は完全に不可能になります。この複雑性の爆発こそが、コンテナオーケストレーションツールを必要とした根本的な理由です。
オーケストレーションツールの戦国時代
この巨大な課題を解決するため、いくつかのツールが登場し、覇権を争いました。これが「コンテナオーケストレーション戦争」です。
- Docker Swarm: Docker社自身が開発したオーケストレーションツール。Dockerネイティブで学習コストが比較的低いのが特徴でしたが、機能面では競合に劣る部分がありました。
- Apache Mesos (with Marathon): Twitter社などで大規模な実績を持つクラスター管理システム。非常にスケーラブルでしたが、設定が複雑でした。
- Kubernetes (k8s): Googleが社内で長年使用してきたBorgというシステムをベースに開発され、2014年にオープンソース化されました。当初から大規模な本番環境での運用を想定した堅牢な設計と、活発なコミュニティ、そして宣言的なAPIという先進的な思想を持っていました。
当初は三つ巴の戦いでしたが、数年で勝敗は明らかになりました。Kubernetesは、その圧倒的な機能性、拡張性、そして主要なクラウドプロバイダー(Google Cloud, AWS, Azure)がこぞってマネージドサービスを提供したことなどから、コミュニティの絶大な支持を獲得。瞬く間にコンテナオーケストレーションのデファクトスタンダードとしての地位を確立しました。
Dockerはコンテナという「個」を標準化しましたが、Kubernetesはその「個」の集合体、すなわち「群れ」を管理・自動化するための標準を提供したのです。次の章では、この強力なオーケストレーションシステム、Kubernetesの内部構造を詳しく見ていきましょう。
第三章 Kubernetesの解剖学 宣言的APIとアーキテクチャ
Kubernetesは、しばしば「コンテナ化されたアプリケーションを大規模に展開、スケーリング、管理するためのオープンソースプラットフォーム」と説明されます。しかし、この説明だけではその本質を捉えることはできません。Kubernetesの真の力は、その堅牢なアーキテクチャと、宣言的(Declarative)という強力な設計思想にあります。
宣言的 vs 命令的:Kubernetesの核心思想
Kubernetesを理解する上で最も重要な概念が「宣言的API」です。従来のインフラ管理(命令的アプローチ)と対比してみましょう。
- 命令的(Imperative)アプローチ: 「何を」「どのように」達成するかをステップバイステップで指示する方法です。
例:「サーバーAにログインし、nginxコンテナをバージョン1.20で起動せよ。次に、サーバーBにログインし、...」
この方法は、手順が複雑になるほどエラーが発生しやすく、現在の状態を常に把握していないと正しい命令を出せません。サーバーがダウンした場合、人間がそれを検知して復旧のための命令を再度実行する必要があります。
- 宣言的(Declarative)アプローチ: 「どのように」達成するかの手順は問わず、「どのような状態であってほしいか」という最終的な目標状態(Desired State)を定義する方法です。
例:「nginxコンテナのバージョン1.21が、常に3つ実行されている状態を維持せよ。」
Kubernetesはこの宣言を受け取ると、現在の状態(Current State)を常に監視し、目標状態との差分があれば、その差を埋めるための処理を自動的に実行します。これを調整ループ(Reconciliation Loop)と呼びます。もしコンテナが1つクラッシュして現在のレプリカ数が2になれば、Kubernetesは自動的に新しいコンテナを1つ起動して3に戻します。デプロイされたバージョンが古ければ、新しいバージョンに更新します。開発者や運用者は「何をしたいか」をYAMLファイルで宣言するだけでよく、その実現方法はすべてKubernetesが引き受けてくれるのです。このアプローチにより、システムの自己修復能力と自動化が劇的に向上します。
Kubernetesクラスターの全体像
Kubernetesは複数のサーバー(物理マシンまたは仮想マシン)を束ねて、一つの巨大なリソースプールとして扱います。このサーバーの集合体をクラスターと呼びます。クラスターは、大きく分けて2種類の役割を持つノード(サーバー)で構成されます。
+-------------------------------------------------+
| コントロールプレーン (Master Node) |
| +----------------+ +-------------------------+ |
| | API Server |--| etcd | |
| +----------------+ +-------------------------+ |
| ^ | ^ |
| | | | |
| +------v--v------+ +-------------------------+ |
| | Controller Mgr | | Scheduler | |
| +----------------+ +-------------------------+ |
+--------|-----------------|-----------------------+
| |
| (命令) | (命令)
+--------v-----------------v-----------------------+
| データプレーン (Worker Nodes) |
| +------------------+ +------------------+ |
| | Node 1 | | Node 2 | ... |
| | +--------------+ | | +--------------+ | |
| | | Kubelet | | | | Kubelet | | |
| | +--------------+ | | +--------------+ | |
| | | Kube-proxy | | | | Kube-proxy | | |
| | +--------------+ | | +--------------+ | |
| | | Container | | | | Container | | |
| | | Runtime | | | | Runtime | | |
| | |(e.g. Docker) | | | |(e.g. containerd)| |
| | +--------------+ | | +--------------+ | |
| | Pod Pod Pod | | Pod Pod Pod | |
| +------------------+ +------------------+ |
+-------------------------------------------------+
1. コントロールプレーン(Control Plane / Master Node)
クラスター全体を管理・制御する頭脳です。ユーザーからの指示を受け取り、クラスターの状態を管理し、ワーカーノードに指示を出します。通常、可用性のために複数のマスターノードで冗長化されます。主要なコンポーネントは以下の通りです。
- API Server (kube-apiserver): クラスターへのすべての操作の窓口となるREST APIを提供します。ユーザーが使うコマンドラインツール
kubectlや、他のコンポーネントはすべてこのAPI Serverと通信します。クラスターの状態を変更する唯一の経路であり、認証・認可・バリデーションなども担当する、Kubernetesの心臓部です。 - etcd: クラスターのすべての構成データと状態を保存する、信頼性の高い分散キーバリューストアです。「目標状態」がどのようなものか、現在どのPodがどのノードで動いているか、といった情報がすべてここに記録されます。クラスターの唯一の信頼できる情報源(Single Source of Truth)です。
- Scheduler (kube-scheduler): 新しく作成されたPod(後述)を、どのワーカーノードで実行するかを決定する役割を担います。ノードのリソース空き状況、ユーザーが指定した制約(アフィニティ/アンチアフィニティなど)を考慮して、最適なノードを賢く選択します。
- Controller Manager (kube-controller-manager): クラスターの状態を監視し、目標状態に近づけるための調整ループを実行する、多数のコントローラーを内包しています。例えば、レプリケーションコントローラーは「Podが指定された数だけ常に存在すること」を保証し、ノードコントローラーは「ノードがダウンした場合の対処」を行います。
2. データプレーン(Data Plane / Worker Node)
実際にコンテナ化されたアプリケーション(Pod)が実行される場所です。コントロールプレーンからの指示に従って、コンテナの起動・停止・監視を行います。
- Kubelet: 各ワーカーノードで動作するエージェントです。API Serverからの指示(Pod Spec)を受け取り、そのノード上でPodが正しく実行されていることを保証します。具体的には、コンテナランタイムにコンテナの起動・停止を指示したり、コンテナのヘルスチェックを行ったりします。
- Kube-proxy: 各ワーカーノードで動作し、クラスター内のネットワークルールを管理します。Service(後述)という抽象化を実現し、Pod間の通信や外部からのアクセスを可能にするためのネットワーキング(IPtablesルールの設定など)を担当します。
- Container Runtime: 実際にコンテナを実行するソフトウェアです。Docker, containerd, CRI-Oなどがこれにあたります。Kubeletからの指示を受けて、コンテナイメージをプルし、コンテナを起動・停止します。この関係性については後の章で詳しく解説します。
Kubernetesの基本オブジェクト
Kubernetesでは、クラスター上で管理される永続的なエンティティをオブジェクトと呼びます。ユーザーはこれらのオブジェクトをYAMLファイルで定義し、API Serverに適用(apply)することで、クラスターの状態を宣言的に管理します。ここでは最も基本的なオブジェクトをいくつか紹介します。
- Pod: Kubernetesにおけるデプロイの最小単位です。1つ以上のコンテナのグループであり、ストレージやネットワークリソースを共有します。なぜコンテナを直接デプロイせず、Podという抽象化を挟むのでしょうか? それは、密接に連携する必要があるコンテナ(例: メインのアプリケーションコンテナと、ログを収集するサイドカーコンテナ)を一つの単位としてまとめて管理・スケジューリングするためです。Pod内のコンテナは常に同じノードで実行され、`localhost`を通じて通信できます。
- Service: Podの集合に対する単一のアクセスポイントを提供する抽象化です。Podは揮発性で、クラッシュして再作成されるとIPアドレスが変わってしまいます。Serviceは、一貫したDNS名とIPアドレスを提供し、背後にあるPodの集合(通常はラベルセレクターで選択)へのリクエストを自動的に負荷分散します。これにより、クライアントはPodの個々のIPアドレスを意識することなく、安定したエンドポイントに接続できます。
- Deployment: Podとそのレプリカの数を管理するための、より高レベルな抽象化です。Deploymentオブジェクトで「nginxコンテナのイメージを3つ実行したい」と宣言すれば、KubernetesはReplicaSetというオブジェクトを介して3つのPodが常に実行されている状態を維持します。また、ローリングアップデート(サービスを停止せずに1つずつPodを新しいバージョンに入れ替える)やロールバックといった、高度なデプロイ戦略を簡単に実現できます。
- ConfigMap / Secret: アプリケーションの設定値や機密情報(パスワード、APIキーなど)をコンテナイメージから分離して管理するためのオブジェクトです。これらをコンテナに環境変数やファイルとしてマウントすることで、設定の変更のためにイメージを再ビルドする必要がなくなります。
以下は、nginxを3つのレプリカで実行するためのDeploymentの簡単なYAMLファイルの例です。
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
metadata:
name: nginx-deployment
spec:
replicas: 3 # 目標状態: このPodのレプリカを3つ維持する
selector:
matchLabels:
app: nginx
template: # Podの設計図
metadata:
labels:
app: nginx
spec:
containers:
- name: nginx
image: nginx:1.21.6 # 使用するコンテナイメージ
ports:
- containerPort: 80
このYAMLファイルをkubectl apply -f nginx-deployment.yamlコマンドでクラスターに適用すると、Kubernetesのコントロールプレーンが動き出します。API Serverがリクエストを受け付けてetcdに保存し、Schedulerが3つのPodを配置するノードを決定し、Controller ManagerがPodの作成を監視し、各ノードのKubeletが実際にコンテナを起動します。そして、もし1つのPodがダウンすれば、Controller Managerがそれを検知し、すぐに新しいPodを作成してレプリカ数を3に戻します。これらすべてが自動的に行われるのです。
このように、Kubernetesは複雑なコンポーネントとオブジェクトの組み合わせによって、分散システムを管理するための強力で復元力のあるプラットフォームを提供します。では、この強力なKubernetesと、我々が愛用してきたDockerは、具体的にどのような関係にあるのでしょうか?次の章で、その核心に迫ります。
第四章 DockerとKubernetesの共生関係 競合から協調への進化
DockerとKubernetesは、しばしば「Docker vs Kubernetes」という対立構造で語られることがあります。これは、コンテナエコシステムの初期にDocker SwarmとKubernetesがオーケストレーションツールの座を争っていた名残ですが、現在ではこの見方は完全に時代遅れです。現代のクラウドネイティブ環境において、両者は競合するものではなく、互いを補完し合う強力なパートナー、すなわち共生関係にあります。
この章では、この両者の関係性を解き明かし、「KubernetesがDockerを不要にする」というよくある誤解を解消します。特に、Kubernetesが「dockershim」のサポートを廃止したニュースがもたらした混乱の背景にある技術的な真実を深掘りします。
役割分担の明確化:開発ワークフローと本番運用
DockerとKubernetesの役割を最もシンプルに表現するなら、以下のようになります。
- Dockerは「コンテナという貨物」を作り、個別に運ぶためのツール。
- Kubernetesは「多数のコンテナ貨物」を、大規模かつ自動的に運行・管理するための巨大な物流システム。
この比喩を、具体的な開発・運用フローに落とし込んでみましょう。
- 開発フェーズ(Build & Ship):
- 開発者は、自身のローカルマシンでアプリケーションコードを書きます。
- 次に、そのアプリケーションを実行するための環境をDockerfileとしてコード化します。
docker buildコマンドを使って、Dockerfileからポータブルなコンテナイメージを作成します。- 作成したイメージは、Docker HubやGoogle Container Registry (GCR), Amazon Elastic Container Registry (ECR) などのコンテナレジストリにプッシュ(アップロード)します。
この一連のプロセスは、依然としてDockerが中心的な役割を担っています。開発者が使い慣れたDockerのツールチェーンは、アプリケーションを標準化されたコンテナという単位にパッケージングするための、最も効率的で広く受け入れられた方法です。
- 運用フェーズ(Run & Orchestrate):
- 運用担当者(あるいはDevOpsチーム)は、本番環境であるKubernetesクラスターを管理します。
- 開発者がレジストリにプッシュしたコンテナイメージを使い、アプリケーションをどのように実行したいかをYAMLマニフェスト(Deployment, Serviceなど)で宣言します。
- このマニフェストを
kubectl applyでKubernetesクラスターに適用します。 - Kubernetesは、この宣言に従ってレジストリからイメージをプルし、指定された数のコンテナ(Pod)を起動し、スケーリング、自己修復、負荷分散などのオーケストレーションを自動的に行います。
このように、開発者は主にDockerと対話し、運用システムは主にKubernetesと対話するという美しい役割分担が成立しています。開発者はKubernetesの複雑な内部構造を深く知らなくても、Dockerを使ってコンテナイメージさえ作れば、あとはKubernetesが本番環境での面倒な運用をすべて引き受けてくれるのです。これが、両者が補完し合う関係にあると言われる所以です。
CRIとdockershim廃止の真実
2020年末、Kubernetesプロジェクトはバージョン1.20以降で、コンテナランタイムとしてDockerをサポートするためのコンポーネントである「dockershim」を非推奨とし、将来的に削除することを発表しました。このニュースは、「KubernetesがDockerのサポートを終了する」という見出しで広まり、多くの混乱を招きました。しかし、これは技術的な詳細を省略したことによる大きな誤解です。
この変更の背景を理解するには、コンテナランタイムの進化を少し遡る必要があります。
- 初期のKubernetes: Kubernetesプロジェクトが始まった当初、コンテナランタイムの選択肢は事実上Dockerしかありませんでした。そのため、KubernetesのKubeletはDockerと直接通信するためのコードを内部に持っていました。
- 多様なランタイムの登場: その後、CoreOS社のrkt(ロケット)や、後に標準化団体OCI (Open Container Initiative) の仕様に準拠したより軽量なランタイム(containerd, CRI-Oなど)が登場しました。Kubernetesが特定のランタイムに依存するのは望ましくありません。
- CRI (Container Runtime Interface) の策定: そこでKubernetesは、特定のランタイムへの依存をなくし、さまざまなランタイムをプラグインのように差し替え可能にするための標準的なインターフェース、CRIを策定しました。これにより、KubeletはCRIという共通の言葉で話しかければ、相手がどのランタイムであってもコンテナの操作(イメージのプル、コンテナの起動・停止など)ができるようになりました。
- dockershimの役割: しかし、Docker自体はCRIに準拠していませんでした。Dockerデーモンはコンテナ管理以外にも、イメージビルドやボリューム管理など多くの機能を持つ高機能なツールであり、Kubernetesが必要とするシンプルなコンテナ実行機能だけを切り離したインターフェースを持っていなかったのです。そこで、KubernetesプロジェクトはKubeletとDockerデーモンの間で通訳の役割を果たすdockershimというアダプターを開発し、Kubernetesのコードベース内でメンテナンスしてきました。
この関係を図で示すと以下のようになります。
[dockershim廃止前]
+---------+ +-----------------+ +-----------------+
| Kubelet |------> | dockershim | ---> | Dockerデーモン |
+---------+ | (K8sコード内) | +-----------------+
+-----------------+ |
|
v
+-------------+
| containerd |
+-------------+
[dockershim廃止後]
+---------+ CRI +-----------------+
| Kubelet |-------->| CRI準拠ランタイム |
+---------+ | (containerd, |
| CRI-Oなど) |
+-----------------+
Kubernetesがdockershimを廃止した理由は、この「通訳」のメンテナンスコストをKubernetesプロジェクト本体から切り離したかったからです。興味深いことに、近年のDocker自体も、内部的にはcontainerdというCRIに準拠したコンポーネントを使ってコンテナを実行しています。つまり、dockershimを介した通信は、Kubelet -> dockershim -> Dockerデーモン -> containerdという冗長な経路を辿っていたのです。dockershimを廃止し、Kubeletが直接containerdと通信することで、この経路はシンプルになり、オーバーヘッドが減少します。
この変更が開発者に与える影響は何か?
答えは、「ほぼ何もない」です。
- 開発者は、これまで通り
docker buildで作成したコンテナイメージを使い続けられます。 - コンテナイメージはOCIという標準仕様に準拠しており、Dockerでビルドしたイメージは、containerdやCRI-Oなどの他のCRI準拠ランタイムでも全く問題なく実行できます。
結論として、Kubernetesによるdockershimの廃止は、クラスターの運用レベルでのコンポーネント変更であり、開発者がDockerを使ってアプリケーションをコンテナ化するというワークフローには何の影響も与えません。むしろ、Kubernetesがより標準化され、クリーンなアーキテクチャに進化した証と捉えるべきです。DockerとKubernetesは、それぞれが得意な領域で進化を続けながら、標準インターフェースを通じて協調していく、より成熟した関係へと移行したのです。
第五章 DevOpsを加速させる両輪 CI/CDとマイクロサービス
DockerとKubernetesが単なる便利なツールにとどまらず、現代のソフトウェア開発に革命をもたらした最大の理由は、それらがDevOps文化の理念と技術的に完璧に合致していたからです。DevOpsは、開発(Development)と運用(Operations)の壁を取り払い、両チームが協力してビジネス価値を迅速かつ継続的に提供することを目的とする文化・プラクティスです。DockerとKubernetesは、この理念を実現するための強力な技術的基盤、まさに「両輪」として機能します。
CI/CDパイプラインの自動化と標準化
CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリーorデプロイメント)は、DevOpsの中核をなすプラクティスです。コードの変更を自動的にビルド、テストし、最終的に本番環境へリリースする一連のプロセスを自動化します。DockerとKubernetesは、このパイプラインの各段階で重要な役割を果たします。
典型的なCI/CDパイプラインの流れを見てみましょう。
1. コードプッシュ (Git)
開発者がGitリポジトリにコードをプッシュ
|
V
2. トリガー (CI/CDツール)
Jenkins, GitLab CI, GitHub Actionsなどが変更を検知
|
V
3. ビルド (Docker)
CIサーバーがリポジトリをクローンし、
`docker build` を実行してコンテナイメージを作成。
イメージには一意のタグ(Gitコミットハッシュなど)が付与される。
|
V
4. テスト (Docker)
ビルドしたイメージを使ってコンテナを起動し、
単体テスト、結合テストなどを実行。
データベースなどもDockerコンテナで用意することで、
クリーンで再現可能なテスト環境を構築できる。
|
V
5. プッシュ (Docker)
テストに合格したイメージをコンテナレジストリ
(Docker Hub, ECRなど)にプッシュ。
|
V
6. デプロイ (Kubernetes)
CDツールがKubernetesクラスターにデプロイを指示。
(例: `kubectl set image deployment/...` コマンドを実行)
または、ArgoCDやFluxのようなGitOpsツールが
イメージタグの変更を検知して自動的に同期。
|
V
7. リリース (Kubernetes)
KubernetesのDeploymentがローリングアップデート戦略に従い、
古いバージョンのPodを新しいバージョンのPodに
ゼロダウンタイムで安全に入れ替える。
このパイプラインにおけるDockerとKubernetesの貢献は計り知れません。
- Dockerによる環境の標準化: Dockerイメージは、アプリケーションとその依存関係を完全にカプセル化した「不変の成果物(Immutable Artifact)」です。これにより、CIサーバーでのビルド・テスト環境と、本番のKubernetesクラスターでの実行環境が完全に一致することが保証されます。「私のマシンでは動いたのに」問題は、CI/CDパイプライン全体から排除されます。
- Kubernetesによるリリースの自動化と信頼性: Kubernetesは、宣言的な性質により、リリースのプロセスを劇的に簡素化・安定化させます。ローリングアップデート、カナリアリリース、ブルー/グリーンデプロイメントといった高度なリリース戦略も、Deploymentオブジェクトの設定を変更するだけで実現できます。もし新しいバージョンに問題があれば、
kubectl rollout undoコマンド一つで安全に以前のバージョンにロールバックできます。これにより、頻繁なリリースに対する心理的障壁が大幅に低下し、迅速なフィードバックサイクルが可能になります。
マイクロサービスアーキテクチャとの完璧な親和性
マイクロサービスアーキテクチャは、巨大なモノリシックアプリケーションを、独立して開発・デプロイ・スケールできる小さなサービスの集合体として構築する設計アプローチです。このアーキテクチャは、チームの自律性を高め、技術選択の自由度を上げ、システムの特定部分の障害が全体に波及しにくくするなど、多くの利点をもたらします。しかし、サービスの数が増えることで、運用上の複雑性が爆発的に増大するという大きな課題も抱えています。
DockerとKubernetesは、このマイクロサービスの複雑性を管理するための理想的なプラットフォームを提供します。
- サービスの分離(Docker): 各マイクロサービスは、独自のDockerfileを持ち、独立したコンテナイメージとしてパッケージングされます。これにより、サービスごとに異なるプログラミング言語、ライブラリ、バージョンを使用できます(ポリグロット)。サービスAがNode.js、サービスBがGoで書かれていても、Dockerコンテナという標準化された単位で扱えるため、インフラチームは個々の技術スタックを意識する必要がありません。
- サービスのライフサイクル管理(Kubernetes): Kubernetesは、これら多数のマイクロサービスコンテナを管理する上で、前述したオーケストレーションの課題(スケーリング、自己修復、サービスディスカバリなど)をすべて解決します。
- 独立したスケーリング: ユーザー認証サービスよりも、商品検索サービスの方がはるかに多くのトラフィックを受け取るかもしれません。Kubernetesでは、各サービスのDeploymentの
replicas数を個別に調整することで、リソースを効率的に割り当てることができます。Horizontal Pod Autoscaler (HPA) を使えば、CPU使用率などに応じて自動でスケールさせることも可能です。 - 耐障害性の向上: あるマイクロサービス(例: おすすめ商品サービス)のコンテナがクラッシュしても、Kubernetesが自動的に再起動します。また、その障害が他のサービス(例: 決済サービス)に影響を与えることはありません。これにより、システム全体の可用性が向上します。
- 簡単なサービス間通信: KubernetesのServiceオブジェクトと内部DNSにより、サービスAはサービスBのPodのIPアドレスを知らなくても、「service-b」といった安定したDNS名で簡単に通信できます。
- 独立したスケーリング: ユーザー認証サービスよりも、商品検索サービスの方がはるかに多くのトラフィックを受け取るかもしれません。Kubernetesでは、各サービスのDeploymentの
まさに、Dockerがマイクロサービスという「部品」を作るための金型を提供し、Kubernetesがそれらの「部品」を組み合わせて、柔軟で回復力のあるシステム全体を構築・維持するための自動化された組立工場を提供する、と例えることができます。この強力な組み合わせなくして、今日のマイクロサービスアーキテクチャの普及はあり得なかったでしょう。
第六章 広がるエコシステムと未来への展望
DockerとKubernetesは、クラウドネイティブ技術の中核をなす存在ですが、それだけで完全なシステムが構築できるわけではありません。むしろ、これらは強力なプラットフォームとして、その上で動作する膨大で活発なエコシステムを形成しています。このエコシステムを理解することは、DockerとKubernetesを最大限に活用し、真に堅牢で観測可能なシステムを構築するために不可欠です。
CNCFとクラウドネイティブの世界地図
このエコシステムの中心的な役割を担っているのが、CNCF (Cloud Native Computing Foundation) です。Linux Foundation傘下のこの組織は、Kubernetesをはじめとするクラウドネイティブ技術の育成と標準化を推進しています。CNCFがホストするプロジェクトは、クラウドネイティブの「世界地図」とも言えるランドスケープを形成しており、その中からいくつかの重要な領域と代表的なツールを紹介します。

(注: CNCF Landscapeは非常に広大で常に変化しています。最新版は公式サイトでご確認ください。)
- モニタリングとアラート: Prometheus
Kubernetes環境におけるモニタリングのデファクトスタンダードです。各サービスやノードからメトリクス(CPU使用率, リクエスト数など)を収集し、時系列データベースに保存します。強力なクエリ言語(PromQL)と、アラートを管理するAlertmanagerを組み合わせることで、システムの健全性を詳細に監視し、異常を検知できます。
- ロギング: Fluentd / Fluent Bit
Kubernetesクラスター内の多数のコンテナから生成されるログを一元的に収集、加工し、ElasticsearchやLokiのようなストレージバックエンドに転送するためのツールです。これにより、分散したログを横断的に検索・分析することが可能になります。
- サービスメッシュ: Istio / Linkerd
マイクロサービス間の通信を制御、保護、観測するための専用のインフラレイヤーを提供します。アプリケーションコードを変更することなく、リクエストのルーティング(カナリアリリースなど)、暗号化(mTLS)、リトライ、サーキットブレーキングといった高度なトラフィック管理や、サービス間の依存関係の可視化を実現します。Kubernetesの標準ネットワーク機能の一歩先を行く、高度なネットワーキングを提供します。
- パッケージ管理: Helm
「Kubernetesのパッケージマネージャー」と呼ばれます。関連する複数のKubernetesマニフェストファイル(Deployment, Service, ConfigMapなど)を「Chart」という単位でまとめて管理し、アプリケーションのインストール、アップグレード、バージョニングを容易にします。複雑なアプリケーションでも、
helm installコマンド一つでデプロイできるようになります。 - 継続的デリバリー (GitOps): Argo CD / Flux
Gitリポジトリを唯一の信頼できる情報源(Single Source of Truth)として、Kubernetesクラスターの状態を管理するアプローチ「GitOps」を実現するツールです。Gitリポジトリ上のマニフェストファイルの変更を監視し、その変更を自動的にクラスターに適用します。これにより、クラスターの状態が常にGitでバージョン管理され、監査やロールバックが容易になります。
これらのツールは、Kubernetesが提供する基本的な機能の上に、より高度な運用、観測可能性、セキュリティの機能を追加し、本番環境での大規模運用を支えています。Kubernetesを学ぶことは、これらのエコシステムへの扉を開くことでもあるのです。
コンテナ技術の未来展望
DockerとKubernetesが築いたコンテナ技術の基盤の上で、今もなおイノベーションは続いています。最後に、この分野の未来を形作る可能性のあるいくつかのトレンドに触れておきましょう。
- コンテナランタイムの進化と多様化:
- セキュリティコンテナ: gVisorやKata Containersのような技術は、従来のLinux Namespace/Cgroupsによる分離よりも強力な、仮想マシンに近いレベルのセキュリティ分離(ハードウェア仮想化支援)を提供しつつ、コンテナの軽量さを維持しようとする試みです。マルチテナント環境での安全性を高める技術として注目されています。
- WebAssembly (WASM): もともとWebブラウザで高速かつ安全にコードを実行するために開発されたWASMが、サーバーサイドでも注目されています。WASMはOSに依存しないサンドボックス環境を提供し、起動が非常に高速で(マイクロ秒単位)、バイナリサイズも極めて小さいという特徴があります。将来的には、特定のユースケース(エッジコンピューティング、サーバーレスなど)で、従来のコンテナを補完、あるいは代替する存在になる可能性があります。WASI (WebAssembly System Interface) の標準化が進められています。
- サーバーレスとKubernetes (Knative):
サーバーレスコンピューティング(FaaS - Function as a Service)は、開発者がインフラを全く意識せずにコード(関数)をデプロイできるモデルです。Knativeのようなプロジェクトは、Kubernetesを基盤として、リクエストがないときにはPodをゼロまでスケールダウンし、リクエストが来たら即座に起動する、といったサーバーレスの機能を提供します。これにより、Kubernetesの柔軟な制御能力とサーバーレスの運用効率を両立させようとしています。
- 開発体験の向上 (Developer Experience - DevX):
Kubernetesは強力ですが、その学習曲線は依然として急です。Telepresence, Skaffold, DevSpaceといったツールは、ローカルでの開発とリモートのKubernetesクラスターをシームレスに連携させ、コードの変更を即座にクラスター上で確認できるなど、開発者の生産性を向上させるための取り組みです。Kubernetesの力を、より多くの開発者が簡単に享受できるようにするためのイノベーションは今後も続くでしょう。
コンテナとオーケストレーションの世界は、静的な完成形ではなく、常に進化し続ける動的な生態系です。しかし、その中心には常に、Dockerがもたらした「ポータブルな標準コンテナ」という概念と、Kubernetesが確立した「宣言的な分散システム管理」という哲学が存在し続けるでしょう。
結論と学習への第一歩
本記事では、DockerとKubernetesの関係性を、単なるツールの機能比較ではなく、現代のソフトウェア開発と運用のパラダイムシフトという大きな文脈の中で解き明かしてきました。最後に、これまでの議論をまとめ、これから学習を始める方へのロードマップを提示します。
まとめ:共生し進化する二つの巨人
- Dockerは、アプリケーションとその依存関係を「コンテナイメージ」という標準化されたポータブルな単位にパッケージングする革命を起こしました。これにより、開発者は環境差異の問題から解放され、「Build, Ship, and Run Anywhere」が現実のものとなりました。Dockerは、開発ワークフローにおける「個」の管理に優れています。
- Kubernetesは、多数のコンテナ化されたアプリケーションを、複数のサーバーからなるクラスター上で自動的に管理・運用(オーケストレーション)するためのプラットフォームです。宣言的なAPIを通じて、スケーリング、自己修復、負荷分散といった複雑なタスクを自動化し、本番環境における「群れ」の管理という課題を解決しました。
- 両者の関係は競合ではなく共生です。開発者はDockerを使ってコンテナイメージを作成し、Kubernetesはそのイメージを使って本番環境でアプリケーションを大規模に展開・運用します。dockershimの廃止は技術的な進化の一環であり、この基本的な協力関係を揺るがすものではありません。
- DockerとKubernetesは、DevOps文化を技術的に支える両輪であり、CI/CDパイプラインの自動化やマイクロサービスアーキテクチャの実現に不可欠な基盤となっています。
この二つの技術を理解し、使いこなすことは、もはや一部のインフラエンジニアだけのものではなく、現代のソフトウェア開発に関わるすべてのエンジニアにとって重要なスキルとなっています。
学習ロードマップ:どこから始めるか
Kubernetesの世界は広大で、最初は何から手をつければよいか圧倒されてしまうかもしれません。しかし、焦る必要はありません。以下のステップで着実に学習を進めることをお勧めします。
- ステップ1: Dockerの基礎を固める (最重要)
- まずはKubernetesのことは忘れ、Dockerに集中しましょう。
- Dockerfileの書き方をマスターし、自分の好きな言語(Node.js, Python, Goなど)で書いた簡単なWebアプリケーションをコンテナ化してみましょう。
docker build,docker run,docker ps,docker exec,docker logsといった基本的なコマンドに習熟します。- Docker Composeを使い、複数のコンテナ(例: Webアプリ + データベース)を連携させて動かす経験を積みます。これは、後のKubernetesにおける複数Podの管理の考え方に繋がります。
- Docker Hubに自分のイメージをプッシュしてみましょう。
- ステップ2: Kubernetesのコンセプトを理解する
- 本記事で解説した、宣言的API、コントロールプレーン、ワーカーノードといったアーキテクチャの概念を理解します。
- Pod, Service, Deploymentという3つの最も基本的なオブジェクトが、それぞれどのような課題を解決するためのものなのかを学びます。最初はYAMLを書けなくても構いません。コンセプトの理解が先決です。
- ステップ3: ローカルでKubernetesを触ってみる
- いきなりクラウドのマネージドサービス(GKE, EKS, AKS)を使うのではなく、まずは自分のPC上で動く軽量なKubernetes環境を構築します。
- Minikube, Kind, Docker DesktopのKubernetes機能などが良い選択肢です。
- コマンドラインツール
kubectlのインストールと基本的な使い方(kubectl get pods,kubectl apply -f,kubectl describe pod,kubectl logsなど)に慣れます。 - ステップ1で作成したコンテナイメージを使い、簡単なDeploymentとServiceのYAMLファイルを書いて、自分のアプリケーションをローカルのKubernetesクラスターにデプロイしてみましょう。ブラウザからアクセスできたときの感動は、大きなモチベーションになるはずです。
- ステップ4: より高度なトピックへ
- 基本的な操作に慣れたら、ConfigMap/Secretによる設定の管理、PersistentVolumeによるデータの永続化、Namespaceによるリソースの分割など、より実践的なトピックへと進んでいきます。
- その後、Helmを使ったパッケージ管理や、Prometheusによるモニタリングなど、エコシステムのツールにも触れていくとよいでしょう。
コンテナとオーケストレーションの旅は長く、奥深いものですが、一歩一歩着実に進めば、必ずその強力な力を自分のものにすることができます。DockerとKubernetesが切り開いたクラウドネイティブの世界へ、ようこそ。
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