Kubernetesコスト半減を実現する設計思想

モノリシックからマイクロサービスアーキテクチャ(MSA)への移行は、開発速度とスケーラビリティを劇的に向上させました。しかし、多くの企業が移行後に直面するのが「MSA移行後のクラウド費用急増問題」です。AWS EKSなどのマネージドサービスを利用する場合、リソースの無駄遣いは即座に請求額に跳ね返ります。

Kubernetesのコスト最適化は、単にインスタンスサイズを小さくすることではありません。それは、ワークロードの特性を理解し、クラスターのライフサイクル全体を制御する技術的な挑戦です。本稿では、エンタープライズ環境において堅牢性を維持しながらコストを劇的に削減するための、エンジニアリング視点に基づいた戦略を深掘りします。

1. リソース要求と制限の「Right-Sizing」

コスト最適化の第一歩は、Podレベルでの厳密なリソース管理から始まります。多くの開発者はrequestslimitsを曖昧に設定しがちですが、これはスケジューリングの非効率化とコスト増大の主因となります。

QoSクラスの戦略的活用

Kubernetesは設定値に基づいてPodにQuality of Service (QoS) クラスを割り当てます。コストと安定性のトレードオフを管理するために、以下の区分を意識して設計してください。

QoS Class 設定条件 ユースケース コスト影響
Guaranteed requests == limits DB、重要なステートフルセット 高(リソース専有)
Burstable requests < limits 一般的なWebサーバー、API 中(バースト対応)
BestEffort 設定なし バッチ処理、開発環境 低(最初にEvictされる)
Pro Tip: CPUのlimitsを設定する際は注意が必要です。CPUは圧縮可能なリソースであるため、上限に達するとPodは終了せずスロットリング(Throttling)が発生し、レイテンシが悪化します。多くの本番環境ではCPUのlimitsを外すか、十分に余裕を持たせることが推奨されます。

2. インテリジェントなオートスケーリング

静的なリソース割り当てだけでは不十分です。トラフィックの変動に合わせて動的にスケールさせる仕組みが不可欠ですが、ここには落とし穴があります。

HPAとVPAの競合を回避する

Horizontal Pod Autoscaler (HPA) と Vertical Pod Autoscaler (VPA) を同時に同じメトリクス(例: CPU使用率)で適用してはいけません。互いに干渉し、予期しないスケーリングループを引き起こします。

  • HPA: ステートレスなWebアプリケーションに最適。
  • VPA: JVM系アプリやDBなど、再起動コストが高く垂直スケールが必要なワークロードに最適。

Cluster AutoscalerからKarpenterへ

AWS EKSを利用している場合、標準のCluster Autoscaler (CA) よりも、Karpenterの導入を強く推奨します。KarpenterはPodの要件に基づいて、最適なインスタンスタイプをわずか数秒でプロビジョニングします。

apiVersion: karpenter.sh/v1beta1
kind: Provisioner
metadata:
  name: default
spec:
  requirements:
    - key: karpenter.sh/capacity-type
      operator: In
      values: ["spot", "on-demand"] # スポットインスタンスを優先
  limits:
    resources:
      cpu: 1000
  ttlSecondsAfterEmpty: 30 # 不要なノードを即座に削除

これにより、「ノードの空きはあるがPodが入らない(Bin Packing問題)」を解消し、無駄なコンピュートリソースを極限まで減らすことができます。

3. スポットインスタンスの攻撃的活用

クラウドコスト削減において、最大90%の割引が得られるスポットインスタンスの活用は「K8sでのスポットインスタンス活用方法」として最も効果的な手段です。しかし、突然の中断リスクがあります。

中断に強いアーキテクチャ

スポットインスタンスを本番環境で利用するためには、以下の2つの防御策が必須です。

  1. Pod Disruption Budget (PDB): 同時にダウンしても良いPod数を制限し、サービス継続性を担保します。
  2. Graceful Shutdown: preStopフックを設定し、インスタンス回収通知(Termination Notice)を受け取った際に、既存のリクエストを完了させてから終了するようにします。
注意: ステートフルなワークロード(DBなど)にスポットインスタンスを使用することは推奨されません。データの整合性を失うリスクがあります。ステートレスなAPIサーバーやバッチジョブに限定して使用しましょう。

4. 可視化とFinOps文化の醸成

「計測できないものは改善できない」という原則は、クラウドコストにも当てはまります。AWSの請求書だけでは、「どのチームの」「どのマイクロサービスが」コストを消費しているか分かりません。

Kubecostによるコスト監視

Kubecostは、Kubernetesリソースの使用状況を実際のクラウド請求額と紐付けて可視化するツールです。Namespace、Label、Serviceごとにコストを分解できます。

エンジニアがデプロイするYAMLファイルが、実際のドル(円)に直結していることを意識させる必要があります。これがFinOpsの核心です。

Cloud Native Computing Foundation

定期的に以下のフローを回すチーム文化を作ることが、技術的な設定以上に重要です。

  • 週次でKubecostのレポートを確認する。
  • アイドル状態のリソース(Abandoned Workloads)を特定し削除する。
  • リソース要求(Requests)と実際の使用量(Usage)の乖離をチェックし、設定値を調整する。

結論:コスト最適化は継続的なプロセス

Kubernetesのコスト削減は、一度設定すれば終わるプロジェクトではありません。アプリケーションの進化、トラフィックの変化、クラウドプロバイダーの価格改定に合わせて、継続的にチューニングを行う必要があります。

まずは「Right-Sizing」から始め、Karpenterによる高度なスケーリング、そしてスポットインスタンスの活用へとステップを進めてください。そして何より、エンジニア一人ひとりがコスト意識を持つFinOps文化を根付かせることが、長期的な成功への鍵となります。

Kubecost導入ガイドを見る

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